「あ〜あ、志貴の奴、完全に死神モードに入ったな」

聞きなれぬ言葉を耳にしたシオンが士郎に尋ねる。

「士郎?何ですか?その死神モードと言うのは」

「へ?シオンさん知らない・・・よな。あいつあれは皆に見せないって断言してたから」

そう言って頷く。

「死神モードってのは・・・まあ俺が便宜上そう名前をつけているだけで、まあ簡単に言えば志貴の奴がぶち切れて完全無欠な七夜の暗殺者になるって事さ」

「完全無欠って・・・志貴君普段でも十分に強いじゃない。暗殺者になる必要なんて無い位」

「あ〜アルトルージュさん強い弱いの問題じゃない。総合的な強さなら普段の方が断然強い。今のあいつはどういう意図か知らないが『極の四禁』も暗殺技法も絶対使わないし、だけど俺は死神の状態になったあいつとだけは絶対戦いたくない。戦うくらいなら全てを使って逃げる。みっともなくても構わない」

あの志貴と対峙する位ならアルトリア達現界している英霊全員と戦う方がまだ勝てる可能性が残されている。

「それってどう言う・・・」

アルクェイドの言葉を遮るように志貴が宣言した。

何時もの志貴とは程遠い低く冷たく・・・何よりも愉悦に満ちた声で

「さあ続けるか・・・簡単に死ぬなよ・・・愉しみが少なくなる・・・くくくくく」

そう言って低く笑い・・・常の彼に最も似つかわしくないが、今の彼には最も似合う笑み・・・『七つ夜』の峰部分をペロリと一舐めした。

志貴の蒼き瞳が更に蒼を深くした様な気がした。

「今のあいつが殺すと宣言すれば必ず殺すから・・・逃げられた実例なんて俺知らないし」

人が変わったかのような志貴に唯一動じる事の無かった士郎が溜息混じりにそう宣言した。

蒼の書十一『真正死神』

同時に志貴から一切の気配が消えた、殺気も消えた。呼吸すら聞こえなくなった。

志貴は完全に周囲と同化した。

無論その様な事は無い。

志貴はただ、『七つ夜』を逆手に持ちただ突っ立っているだけだ。

全員の眼に志貴の姿は見えている。

だが、どうしてもそれが実体とは思えなかった。

襲い掛かれば蜃気楼のように消え失せ気がつけば背後から刺される・・・その恐怖をズェピアは抱いていた。

動かない、否動けない・・・正確に言えば動く事が出来ない。

完全に未知の恐怖に支配されていた。

そしてそれは当事者以外も同様だった。

「・・・」

アルクェイドが硬直している。

いや、小刻みに震えている。

志貴を初めて怖いと思った。

初めて会った時は怖いというより畏怖があった、その後は頼もしいと思う感情が溢れ最終的には心身共に志貴に惚れ込んだ。

そのアルクェイドをしても今の志貴は怖かった、いや、恐ろしかった。

恐怖の余り口すら利けなかった。

それはシオンもアルトルージュも同様だった。

「・・・あのような志貴の姿『双正妻』には見せられませんね」

「同感・・・あんな志貴君見たら二人とも卒倒しちゃうわ」

怯えたそしてかすれた声でそんな事を話し合う。

「なんだよ・・・カカシみてえに立っていたって面白くねえだろ・・・早く来い、殺してやるから」

悦に入った笑みを浮かべて志貴は挑発する。

だが、ズェピアは動けない。

挑発に反論する事も出来ない。

声帯が麻痺した様に声も出せない。

そんな姿を見た志貴は舌打ちと共に、笑みを消した。

「つまらねえ・・・もう良いや・・・お前死ね」

その瞬間ズェピアは這うように後ろに下がる。

同時に志貴はズェピアのいた空間を『七つ夜』で薙いでいた。

予備動作も何も無くまるで瞬間移動でもした様に志貴は接近していた。

「ぁぁぁぁぁ・・・」

もう逃げられない。

ズェピアは志貴の眼を見てしまった。

それだけでもう悟った。

今自分の目の前にいるのは人間の皮を被った死だ。

「はははは・・・上出来上出来・・・まあ狩りはこうでなくちゃ」

そして一撃をかわされても志貴は落胆した様子も無くニタニタ笑っていた。

まるで逃げ惑う標的を追い詰めるのが楽しいとばかりに。

「ほらほら逃げろ逃げろ」

中途半端にナイフを振り回す。

死徒であるズェピアならこの様な一撃目を瞑ってもかわし返す刀で首でも刎ねる所だが、志貴の空気に呑まれ反撃など思考の果てまで探しても存在していなかった。

分割思考も役を為していない。

どんなに計算に計算を重ねてもはじき出される結論は『自分は志貴に殺される』と言うことだけ。

一思いに殺されるかじわじわと嬲り殺しにされるかの違いだけはあったが。

零に無限に近い可能性だとしてもみっともなく生にしがみ付こうともがく。

そうやって逃げ惑うズェピアだったがそれも終わりに来た。

「飽きた・・・」

志貴による

「つまらねえな・・・もう良い・・・飽きた玩具(獲物)は壊して(殺して)・・・粗大ゴミ(煉獄の底)に行っちまえ」

処刑宣告が下された。

その言葉の真の意味を察してたのかそれとも鋭くなった眼光に押されたのか、ズェピアの恐怖が爆発した。

「ひ、ヒキャアアアアアアアアアアアア!!!カットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカット!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

先程は悦楽ゆえの狂声を発していたが今度は絶対的な恐怖に押されるままに黒い竜巻を志貴に襲わせる。

「カットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカット!!!」

それでも止まらない。

志貴の肉片すらすり潰し何もかも消し去るかのようにただひたすら叫ぶ。

「カットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!」

その声の語尾に

「はいお疲れ様」

小馬鹿にした志貴の声が掛けられる。

「!!」

処刑が始まった。

志貴の『七つ夜』が煌き、それと同時にズェピアは倒れ付す。

「くくくくくくくくく・・・どうやって殺されるか知りてえか?」

首を大きく横に振る。

だが、志貴は最初から聞かせる気だったようだ。

「まあ遠慮するな。判りやすく実践しながら教えてやるから」

そういうと足の裏から『七つ夜』を振る。

同時にズェピアの足の裏から薄く次々と剥ぎ取られ、血が吹き出る。

一思いに切り落とすのではなく、まるでハムを切るかのように少しずつじわじわと切り落としていく。

「ひ、ヒキャアアアアアアアアアア!!!」

「ははははは・・・全くお前は切りやすい。線だらけだよ、まるで死者みてえだ。少しづつ殺していって最後に点を突いてやるよ。無論傷みとかはそのまんま。さっきので腕と足の腱完全に殺したからもう動く事も出来ねえ。だからお前は自分が削ぎ落とされるのを見ていくことしか出来ねえ」

それはあまりにも残忍な処刑方だった。

狂ったように泣き叫び一思いに殺す事を願うズェピアだったが志貴はそれを悉く黙殺した。

それどころかその叫び声を心地よい音楽として聞いている節すらあった。

切られたものはすぐに灰となり、既に下半身は完全に消え失せ夥しいほどの血だけがそこに肉体があったという事を教えていた。そして、腹部を消す前に志貴は再び満面の笑みを浮かべてると、右手の中指から消し始めた。

右腕が完全に消えると次は左腕を同じ要領で消すとまた大笑いする。

「ははははははは・・・まさしく達磨だな」

「げ、外道!!」

ズェピアの罵声にも表情を変えない。

「外道か・・・くくくくくその通り。だが、それがどうしたんだ?俺は死神だぜ」

そう言い放つとじわじわと腹部からまた消していく。

腹部から胸部が消えていき、遂にズェピアは首だけになった。

ズェピアの頭部を鷲掴みにし自身の目線と同じ高さに掲げる。

「さあ・・・さよならだ」

そう言った時、

「し、志貴!」

呆然としていたシオンが必死の表情で叫ぶ。

「??」

お楽しみを邪魔され不機嫌そのものといえる表情でシオンを見る志貴。

「そ、その・・・『タタリ』と話させてください・・・最期に」

「・・・良いぜ。手早く済ませな」

人が変わったような状態でも妻には甘いのかズェピアの首を地面に置く。

「・・・『タタリ』・・・いえズェピア・・・一つ聞きたい。何故貴方はこのような道を」

「私は・・・判らぬ未来を知りたかった・・・シオン・・・我が子孫よ・・・君も判っているだろう。このまま進めばこの世界は破滅する事を・・・だから私は計算した、何万と何億と何兆と何京と、だが何も変わらなかった。ただその途中経過があっと言う間か惨たらしいかそれだけの違いしかない。だからこそ私は第六に挑んだ。あえて有象無象にこの身を堕とした。それでも知りたかった・・・判らぬ未来を・・・」

最期と言う事を自覚しているのかズェピアの声はひどく穏やかだった。

「・・・」

同じ錬金術師として更に自分の祖先として思う所が多すぎるのか無言となるシオン。

それでも数分後シオンは口を開いた。

それは憤怒とか軽蔑とは無縁の穏やかで静かな口調で。

「そうですか・・・ですが先の判らぬ未来でしたら私は既に手に入れています」

「??何かね・・・それは・・・」

「志貴と・・私が最も愛する夫と共にいる事です。志貴は・・・志貴の存在そのものが予測など不可能です。それに・・・志貴は常に私の予測を覆します。ズェピア、わからぬ未来など案外直ぐ近くにあるのかもしれませんよ・・・」

「ふふっ・・ふははは・・・そうか・・・そうか・・・シオン・・・君が錬金術師として堕落したのか・・・それとも私の更に一段階上の領域に進んだのかわからぬが・・・君はそれを目指したまえ・・・くれぐれも私の二の舞になどならぬようにな・・・」

無論ですと言わんばかりに頷くシオン。

「もう良いか?」

志貴の問い掛けにこくりと頷く。

「そうか・・・じゃあこれで終わりだズェピア」

眉間に存在していた点を人差し指で貫く。

何か発そうとしたがその声は口の中で灰と共に完全に消え失せた。

「くくくくく・・・ははははは・・・・あははははははは・・・ひゃーーーーははははははははは!」

大笑いして処刑を祝う志貴。

「終わったか」

絶句して志貴によるゼェピア処刑を見ていたアルクェイド達を尻目に、溜息を吐いて志貴に近寄る士郎。

「し、士郎!」

「ああ大丈夫です、ちょっと引き戻してきますから」

そう言うと臆する事無く志貴に歩み寄る。

「投影開始(トーレス・オン)」

投影である物を作り出しながら。

だがそれは

「え?」

虎徹でも

「し、士郎君?」

方天戟でも青竜堰月刀でもなかった。

「し、士郎??それは・・・」

それは一昔前の漫才においては必須といわれたアイテム・・・

志貴の真後ろに士郎が立つ。

志貴はそんな士郎に全く気付かずただひたすら笑い続けている。

「はぁ・・・志貴」

ぽんぽんと肩を叩く。

振り向くと同時に

「いい加減にせんかい!!!!」

つい三十秒前まで血で血を洗う死闘も・・・ついさっきまでシオンとズェピアとの間で交わされていた会話が全て帳消しになるような間の抜けた音が響き渡った。

士郎の手に握られていたハリセンから・・・









「え・・・えっと・・・」

「な、何だったのかしら・・・さっきまでの殺伐とした空気って・・・」

「あ、ありえません・・・なんであのようなハリセンで・・・」

三度絶句する。

当然であろう。

この様な展開では友が体を張った説得でようやく我を取り戻すと言うのが定番と言うのではないのだろうか?

それがいきなりハリセンで頭をぶっ叩き我に返すなど何処のコントだと言いたくなる。

あの真祖と死徒の姫君とアトラシアの名を冠した錬金術師がそのような事を考える辺り三人とも相当世俗に塗れているような気もする。

そして当の当事者二名はと言えば

「あ〜・・・まずは悪い」

「全くだ。俺がいなかったらどうする気だったんだ」

志貴は面目次第もないという風に頭を下げ、士郎は額を抑えながら苦言を垂れていた。

「大体、あれは翡翠さん達・・・特にアルクェイドさん・アルトルージュさん・秋葉さんには絶対見せられないって言っていただろ?」

「全く持ってその通り・・・」

「取り敢えず彼女達にはお前がきれたって事にしといたからごまかしが聞くと思うが」

「苦労掛けたな士郎」

不意に二人は小声で話し合う。

この話は決して『七夫人』には聞かせられない事であったから。

それも当然、なぜならば志貴の死神モード、実は士郎が言っていたような『志貴がきれて七夜の暗殺者となる』というものとは根本からシステムが違っていたのだから・・・









死神モード、これは正確に言えば志貴が七夜の退魔衝動を何の遠慮も無く、全開で放出した状態を指す。

承知の通り、七夜は代々魔やその混血と熾烈な死闘を繰り広げてきた。

そのような戦いを何代、何十代と続けた結果、七夜の血にはそのような外道に対して猛烈な殺意を抱く退魔衝動を抱くに至った。

そしてその血を志貴も無論受け継いでいる。

そう・・・師匠であるゼルレッチ、コーバックは無論の事、自分の妻である筈のアルクェイド、アルトルージュ、そして秋葉、挙句には自分の使い魔のレンにまで平等に殺意を抱く忌まわしき血を・・・

だが、それを志貴は幼少時、更には少年期の過酷な修行を経て獲得した強靭な精神力で押さえ込み、日常ではその様な素振りをおくびにも出さず過ごしてきた。

だが、退魔衝動が消えた訳ではなく、その内に溜め込んでいるに過ぎない。

少しずつ徐々に増えていく。

皮肉にもそれはアルクェイド達真祖が持つ吸血衝動と酷似していた。

そして衝動を我慢していればやがて決壊し、彼の家族に危害を加えるだろう。

それの解消の為志貴が悩みに悩んだ挙句、苦肉の策として手にしたのが死神モード、どうしようもないほど衝動が高まった時意識してそれを開放し本能と衝動の赴くまま殺戮を悦に入って愉しむ死神と化す。

二重人格と言うよりは意識して別の人格を演じていると言った方が正しい。

以前士郎が『殺してもいい魔なら嬉々として生きたまま解体し、一人で一万の死者を殲滅した事のある』と志貴を評していたが、これすらあくまでも通常の志貴に過ぎない。

死神になれば志貴は一晩の内に一人で百万の死徒、死者を殲滅すら可能だろうし、生きたまま解体など生易しい。

ズェピアに行ったようにまず身動きをとれなくしてから言葉で方法を教え恐怖に戦かせ傷みと恐怖が長引く術で相手を死に近づけて最終的には殺す。

冷酷、残忍、残酷極まりないが、これは志貴に言わせればガス抜きのようなもの。

ここで完全に退魔衝動を満足させておかないと退魔衝動が直ぐに燻るのだから。

そして無論の事だがこれは本気で妻達には見せられない光景だ。

卒倒されるならまだ良い、衝動の赴くままに彼女達に襲い掛かると言う最悪のシナリオを回避したい為だ。

「まあ気をつけろよ・・・あれ俺でも近寄りたくないんだからな」

「ああ」

その言葉を最後に志貴と士郎はアルクェイドらの元に戻る。

「と、ところで士郎」

「はい?何ですか?」

「何故・・・ハリセンなのですか?」

「ああ・・・あれですか?一番効き目あるんですよ。こいつを元に戻すには」

シオンの質問に明快すぎる回答が返って来た。

何しろ死神モードの志貴は殺気に敏感すぎるほど敏感に反応する。

自分に殺気を向けていると判別すれば誰であろうと殺す為に襲い掛かる。

現に虎徹や方天戟を構えた士郎に志貴は本気で戦闘を仕掛け青子やゼルレッチが止めなければ危うく士郎を惨殺しかけた事すらあった。

しかし、ある時気まぐれで・・・と言うか自暴自棄で投影したハリセンにはどう言う訳か何も反応しない。

おまけに一発ぶっ叩けば百パーセントに限りなく近い確立で志貴は我に還る。

それ故にいまやハリセンは士郎の中で対志貴(死神モード限定)覚醒用宝具の地位を固めていた。

無論冗談としてだが、士郎の中では『死神を人に戻すお笑いの突っ込み(ハリセン)』と言う真名まで確立されている。

そうこうしていると

『志貴ちゃん(君・兄さん)!!』

と、残る四夫人とバゼットにエレイシア、それに全身傷だらけのセタンタが姿を現した。

「セタンタ!どうしたんだ?その傷」

「ああ心配すんな。全部かすり傷だからよ」

「そ、そうか・・・無茶するなよ」

「そういうお前ら二人も重傷じゃねえか」

「そうですよ。こっちは私が手当てしておきますから士郎君達は代行者から治癒を受けて下さい。さあセタンタさっさと治療しますよ」

「と言うかお前に出来るのか?バゼット結構不器用だってのに」

「失礼な!!出来るに決まっているでしょう!!」

「志貴君、士郎君すぐに傷の手当をしますよ」

そういってエレイシアが志貴と士郎を、バゼットが手持ちの救急キットから包帯や消毒用のアルコールを手にセタンタの手当てを始める。

されるがままにしながら志貴は志貴で翡翠らの心配をしていた。

「皆大丈夫か?」

「うん」

「残滓が皆消えてこっちに来たんだけど・・・」

「既に終わったようですわね」

「志貴君がやっつけちゃったんでしょう?」

さつきの質問に志貴と士郎が顔を見合わせる。

「あ、ああ・・・」

「まあ志貴が倒した事には倒したんだが・・・」

そこにアルクェイドが口を挟む。

「すごかったわよ・・・さっちん」

「すごかった?」

「ええすごかったの・・・」

「さつき・・・琥珀、翡翠・・・それに秋葉・・・今後は志貴を決して怒らせない様にしましょう・・・」

引きつった笑みでそんな事を言う三夫人に

『?????』

四夫人はただひたすら首を捻った。

だが、そんな一行の背後から

「・・・少々遅かったか・・・まあ我らの思い通りに全てが行く筈もあるまい」

思いもよらぬ闖入者の声が響き渡った。

『!!!』

全員が振りぬくとそこにいたのは・・・

「貴様・・・『影』」

「暫くぶりだな『錬剣師』」

紛れも無い『影』が佇んでいた。

「何の用だ?まさかと思うが士郎が負傷しているから追撃を仕掛けに来たか?」

志貴の挑発に激発する事もなくむしろ口元に笑みすら浮かべ否定する。

「それこそまさかだ。『錬剣師』とはお互いに万全で戦う事を私は望んでいる。私はこの地に顕現するらしい十三位を貰い受けに来ただけだ」

「『タタリ』をか・・・」

「だが、一足遅かったようだな・・・まあ良い、過ぎた事を悔いても詮無き事だからな」

「待ちなさい。このまま帰れると思っているのですか?」

背を抜けこの場を立ち去ろうとした『影』にエレイシアが黒鍵を構える。

「ここに『六王権』最高側近がいると言うのにそれを見過ごす馬鹿はいません。滅させて頂きます」

「・・・止めた方がいい。代行者・・・貴女も相応の実力を持ち合わせているようだが私がその全力をぶつけるに相応しい相手は陛下と『六師』・・・そして『錬剣師』以外に存在せぬ。それに無用の時に無駄な殺生はしない主義でな・・・これで失礼するよ。『錬剣師』今度会う時までに傷を癒しておくが良い」

そう言い影に埋もれていく。

「逃がしません!!」

「はっ!」

「たぁ!」

逃がすまいとエレイシアの黒鍵が翡翠の烏羽、琥珀の鎌鼬が襲い掛かる

「やれやれ・・・影状固定(シャドー・ロック)」

同時に現れたのは紛れも無いエレイシア、翡翠、琥珀の影だった。

その影が同じ技を持って相殺し、完全に影の中に沈んだ『影』を追う様に影と同化し消えていった。

「な・・・」

「う、うそ・・・」

「完全に真似してた・・・」

絶句したエレイシア達を他所に

「おいおい、あの野郎影を気味悪い腕にするだけじゃねえのか?」

「・・・どうやらあの男実力を隠しているようだな」

「そりゃそうだろうな・・・おまけに多分まだあれが全てじゃない・・・」

セタンタ、志貴は驚き、士郎はそれがさも当然の事のようにそう話し合っていた。

「取り敢えず、最大目標であった『タタリ』掃滅は成功したのですからこれで良しとした方が良いのではありませんか?」

秋葉の言葉に賛同の声が上がる。

「秋葉さんの言う通りです。確かに『六王権』最高側近が姿を現したのは驚くべき事でしたが直ぐに撤退したのは幸いでしょう。こちらの最大の戦力は軒並み負傷しているのですから」

バゼットの言葉に渋々ながらエレイシアが頷く。

確かに志貴と士郎、そしてセタンタ。

全員負傷しているのだ。

無理をさせれば戦闘も出来るが万全には程遠い。

この状態で無理を通し全滅など洒落にならない。

「・・・仕方ありませんか・・・確かに『タタリ』を何の被害なく滅した事は大戦果ですし、『六王権』側の戦力を増やさずに済ませた事も評価に値します。これ以上望むのは確かに贅沢ですね」

「そう言う事です姉さん・・・??士郎どうした?」

不意に志貴は己が盟友を不思議そうに見る。

当の士郎はと言えば腑に落ちない表情でグローブに覆われた手を凝視している。

「えっ?」

「“えっ”じゃないだろ。どうした?手を見て」

「あ、ああ・・・なんでもない。少し痒い様な気がしただけだから」

「そうか、虫にでも刺されたか?」

「かもな」

そう言って二人とも笑い合う。

そう・・・実際、士郎は手首に痒みの様な嫌な痛みを覚えていた。

だが、この時は二人とも別段重要な事とは思っていなかった。

「さて・・・これで終わった。一旦屋敷に戻ってから明日解散で良いか?」

志貴の言葉に全員頷く。

そう言って屋上を後にしようとした時ふと志貴の足が止まった。

「??志貴ちゃんどうしたの?」

肩を貸していた(『七夫人』総員がこの権利を求めてじゃんけんをした結果獲得した)琥珀が不意に見上げる。

その質問には直ぐに答えず、志貴は辺りをしきりにきょろきょろ見渡している。

「あれ?なあ琥珀・・・」

「何?」

「いや・・・レンはどうした?屋敷に帰したのか?」

『!!!!!!!!』

その瞬間志貴、士郎以外の全員の足が止まった。

「あ、あれ?」

「そ、そう言えば・・・」

「れ、レンちゃんいない・・・」

「全員見ていないのか?」

「い、いえ・・・」

「ここに突入する前には確かにいました。それは間違いありません」

「で、でも・・・入ってから一度も見ていない・・・」

「セタンタさん見ていませんでしたか?」

「えっと・・・レンってあの全身黒ずくめのお嬢ちゃんだろ?」

「ああそうだ。もしかして見たのかセタンタ?」

「いや。けどな・・・確かに他の嬢ちゃんが言っていた様に突入する前はいたぜ。目立つからなあの格好は。けど突入してから俺は入り口で雑魚を相手にしていたがその嬢ちゃんは見てねえな」

「なんだって・・・」

「と言うか志貴お前レンちゃんと繋がっているんだろ。使い魔と主人のそれでわからないのか?」

「それで判れば苦労はしない・・・繋がりを絶たれたのか絶っているのかそれは判らんがレンの気配も魔力も感じられん・・・」

志貴の言葉に重大性を改めて認識する。

志貴とレンは契約を結んで既に十年に届く。

だが、最初から精での契約では無く、『七夫人』との華燭の儀までは血液で繋がりを保持し、結婚以降から正式に精をレンに与えている。

だが、それでも十年と言う月日はその繋がりを絶対と呼びうるほどの強固を与えた。

そう・・・例えレンがどれだけ遠くに離れていても、志貴はその場所を特定できる程確固とした確かな繋がり。

そのレンとの繋がりが絶たれているというのだ。

一同の頭の中に最悪の予想が過ぎる。

「ねえ・・・とにかく入り口まで戻りましょう。何かわかるかも」

当てがあった訳ではないが、ここで討論しても仕方ないと思ったのだろう。

アルトルージュの提案に直ぐに全員が頷いた。









シュライン入り口はあちこちが砕け壊されクレーターが出来ている。

何か戦場にいる気分にさせてくれる。

「志貴どうだ・・・」

「確かにレンはここにいた・・・ああ、間違いない。レンの魔力を確かに感じ取れる」

目を瞑り一歩一歩確実に感じ取る。

「??」

その志貴の足がぴたりと止まる。

「志貴どうしたの?」

「ここで途絶えている・・・」

だがそこは何も変哲も無いシュラインの正面ホール前の一角。

特に異常も無い。

「どういう事だ・・・」

(主よ・・・)

(玄武か・・・)

「志貴どうした」

「ああ『四聖』が何か掴んだようだ・・・でどうした?」

士郎の問い掛けに前半部分は応じ最後は己が内の玄武に問いかける。

(はっ・・・どうも夢魔の黒猫・・・異界にいる様子・・・)

(異界だと?誰が何の為に?)

(そこまでは・・・)

(主よ!!)

(朱雀今度はどうした?)

(異界の入り口が開きますぞ!)

「なに!!」

その言葉と同時に志貴の目の前の空間が開きそこにレンが現れた。

「レン!」

志貴の呼びかけに嬉しそうに微笑み志貴に駆け寄ってきた・・・その肩にもう一人引き摺りながら。

それは白いコート、銀の髪以外はレンに瓜二つの少女だった。

更にどう言う訳か二人ともぼろぼろの状態である。

「??レンこの子は?それにどうしたんだ?一体」

志貴の質問に少し困った様な表情をする。

この表情をされると志貴としてはレンに対して二番目に罪悪感がこみ上げてくる。

(一番は無論閨でレンの相手をしている時である。これで罪悪感が出ていなければ人として破綻している)

そんなレンに対して徹底的に甘い志貴は時折『七夫人』から非難を受け、レンもまた、『七夫人』から嫉妬じみた視線を度々受ける事になる。

シオン曰く『志貴はレンにとことん甘い。まるで娘を盲目的に溺愛する父親のようだ』との事だが。

しかしそんな志貴であっても、この質問をスルーする訳にはいかなかった。

「レン」

激昂した訳でもない、声を低くした訳でもない。

何時もの様な穏やかな静かな声に押される様にレンは志貴の額に自分の額を当てる。

それと同時に志貴の脳裏に今までの出来事が浮かび上がってきた。

『蒼の書』十二へ                                                                             『蒼の書』十へ